はるかな想い|永石行政書士事務所

戸籍の旅2

民事関係、特に相続などの仕事をしていると戸籍謄本、抄本、そして除籍や原戸籍を読み込む機会が多い。普段、ほとんどの人は自分の戸籍に興味を持っていろいろ想いを馳せることなどないと思う。でも、自分の身内が亡くなった、特に父母や祖父母が亡くなって相続などの手続きをおこなわなければならないときにはどうしても戸籍が必要となる。

たいていは行政書士や司法書士に依頼すると思うが、手続きが終わって返却された戸籍の束をペラペラとめくっているうちにはるかな想いにとらわれる方も多いのではないかと思う。父母に始まって、祖父母、曾祖父母とたどっていくと、思ってもみなかったような人々や故郷の姿が見えてくるからだ。

伊万里

私はこの仕事を始めるようになって、幾度かそういう想いにとらわれたことがある。いろいろ空想してまるで自分がその場にいるような気がするのだ。特に父方のことが気にかかった。祖父は佐賀県西松浦郡伊万里町の出身、長男であるにもかかわらず明治時代にはるばる函館まで流れて来て(?)石川県出身の祖母と知り合い結婚。その後室蘭に定着した。

私が小さいときには親族が良く集まって酒盛りをし、話に花が咲いた。とりわけ記憶に残っているのは祖父の伊万里での少年時代のことだ。わんぱくな様子を聞いてイメージが膨らむだけ膨らんだものだ。叱られて庭のザボンの木に縛られたこと、川をせき止めて魚を大量に捕まえた話などはほんとうに楽しかった。

日本製鋼所真向かいの、社宅や職工さんの家が建ち並ぶ沢沿いの町に育った私には、開放感たっぷりの夢の世界に思えた。まして遠い遠い九州という地。子供にとってはワンダーランドだった。ぜひ行ってみたいと思った。

青春時代に日本縦断の一人旅をしたときに伊万里を訪れた時のことも思いに浮かぶ。ヒッチハイクで旅を続けていたが、佐世保市でもう日が暮れてしまいどうしようかと焦っていたとき、二人組の若者が運転する車が止まった。車中で伊万里に行きたいこと、なぜなのかのいきさつなどを語ったところ、二人は伊万里に住んでいるとのこと。一人はお寺の子息だという。ご親切にも一泊させてもらえることになった。私の先祖のお寺もわかるとのこと。翌日、先祖の墓とその由来も住職からいろいろお聞きすることができた。遠来の私を気遣ってくれたのだろう。また、全く面識のない親族のところまで車で案内し紹介してくださったりもした。

戸籍は語る

戸籍をかなり理解できるようになった今、やろうと思えば系図なども簡単にできそうだ。「永石」の性の由来も叔母から聞いたことがある。以前は「永谷」だったが役場の職員の書き違いで「永石」になってしまったとのこと。

そのことを裏付けるかのように、上記のお寺の住職も古い墓石を示して「永谷十郎左衛門」について話してくれたのを記憶している。のっぺりとした長方形の50センチくらいの石が立っていた。何百年も経た由緒あるものだという話だった。その名はネットにも出てくるが先祖なのかどうか調べていないので真偽のほどはわからない。

一族の物語と言えば、北杜夫の「楡家の人々」、佐藤愛子の「血脈」などがすぐ思い浮かぶ。文才のある方が、自分の戸籍や戸籍の附票などをもとにルーツを探り、はるかな想いを文章にしていけば宝物になるような気がする。誰も読まなくてもいい。自分だけのとっておきの財産となることだろう。

戸籍は雄弁だとつくづく思う。これからも自分のイメージの中で戸籍の旅を続けていきたい。